新しい仕事をランダムにご紹介していきます。旅する田中有史オフィスの仕事速報です。

第36回日本自治研究学会「予稿」





社会的インパクトのつくり方
コピーライター/クリエイティブディレクター 田中有史

「社会的インパクト」をいかに残すか?
 ここでは社会的インパクトを、プロモーション(生活者の行動を喚起する活動)・プロダクツ(商品やサービス)・プロジェクト(地域活性化/社会的活動/施設計画)・コミュニケーション(広報活動/広告展開/webによる発信)などが創発し、社会の変化を生むこと/人々の意識や行動の変化を生むこと/計画以前に抱えていた課題の解決につながることと定義して、じぶんの仕事の領域である「クリエイティブ」という切り口から社会的インパクトの創出とその維持について考察してみたい。

「広告はどこまでいっても鮮度だ」といったひとがいる。
 「広告はどこまで行っても鮮度だ」とは、若いころに多大なる薫陶を受けたある偉大な先輩クリエイターの言葉である。この言葉の中に「社会的インパクト」という言葉をどう捉えるべきかについての、シンプルな答えがある。ここで「インパクト」という言葉の表層に惑わされると、「大きな声で叫ぶこと」や「巨大なものを出現させること」あるいは「外連を強くすること」へと表現が向かいがちだ。しかし、いくら「大きな声」で叫ぼうとも、「巨大ビジュアル」で訴えようとも、「キワモノ感」を強めようとも、そこに「鮮度」がなければ、ひとは振り向かないし、興味も示さない。ここで言う「鮮度」とは、「見たことのないもの」「いままでなかったもの」「意外性や独自性があるもの」から受ける「新鮮な驚き」である。
 この「広告はどこまで行っても鮮度だ」という言葉を裏付ける定説ともいうべき法則が存在する。「AIDMA(アイドマ)の法則」と呼ばれる広告界では有名な「広告効果階層モデル」だ。1920年代にアメリカのサミュエル・ローランド・ホールが、その著作の中で示したとされている「広告に対する消費者の心理プロセス」の略語である。そのプロセスとは、次の5つの段階である。
 「Attention(注意を惹く)」→「Interest(興味を持たせる)」→「Desire(欲望を喚起する)」→「Memory(記憶させる)」→「Action(購買させる)」
 このうちの「Attention」は、まさに「鮮度」がないと成立しない。時は移りインターネットの時代になり、「AIDMA」は「AISAS(アイサス)※」になったといわれている。「AISAS」とは、「Attention(注意を惹く)」→「Interest(興味を持たせる)」→「Search(検索する)」→「Action(行動する)」→「Share(情報を共有する)」という心理プロセスである。ここで注目したいのは、時代が100年近く経っても最初の「A」は不変だということだ。つまり、広告はどこまで行っても「鮮度」なのである。
 
 ※AISASは電通が提唱し、商標として登録されている。
では、「鮮度」はどうすれば出せるのか?
 残念ながら、「見たことのないもの」や「いままでなかったもの」「意外性や独自性がある」というような表現は、そうたやすくできるものではない。
 広告の世界では、「じぶんが属しているカテゴリーの中で、見たことがないもの、いままでなかったもの、ひとがやっていないこと、ひとが言っていないこと」を世の中に流布すると考える。とくに、「ひとがやっていないこと/ひとが言っていないこと」というフィルターは大切である。それは、なぜか?昨今よく耳にする「“ブランド”になる」とは、「じぶんが属しているカテゴリー内のライバルたちとの差異化によって成立する」からである。決して、世の中のすべてのものとの比較ではない。「じぶんが属しているカテゴリー」とは、学校なら学校またはライバルとなりえる教育機関。ホテルなら宿泊施設だけでなく、レジャー施設やトワイライトエクスプレスなどともライバル関係にあるかもしれない。「市場を争うライバルたちの群れ」と捉えるとわかりやすいだろう。たとえ業種が違っても、じぶんと代替可能なものなら、それはライバルとなりうる。
 「ブランドイメージ」は、「ライバルたちとじぶんとの明快な違い(それを差異といい、差異をつくりだすことを差異化するという)」によって醸成される。競合たちとの「明快な差異」がすなわちブランドイメージである。ブランドイメージが確立すると“ブランド”になる。
 では、「差異」とは何か?「差異」とは「わたしはあなたと違います」ということだ。つまり、「独自性(オリジナリティ)」である。それこそ、人がやっていない、人が言っていない、所属するカテゴリーのどこにもない、ライバルたちが持ちえていない、「イメージ」と「モノやコト」ということだ。そこには、鮮度というインパクトがある。
 「鮮度」は強い印象を残す。商品やサービスの開発、仕掛けやプロジェクトなど、ケースは違っても「鮮度」がないと社会的インパクトは残せない。余談ではあるが、「無言」や「静寂」も、まわりが騒々しければ逆にインパクトになりえる。美人ばかりの中にフツーの人がいれば、それが逆に目立つという図式だ。それが分かっていれば、「インパクト」の持たせ方のアイデアは限りなく柔軟かつ多彩になる。そしてインパクトをもたらすアイデアと「モノやコト」に独自性があれば、イメージを他と差異化できる。そんなオリジナルなイメージの総体がすなわち「ブランドイメージ」と呼ばれるものである。

「わたしはあなたと違います。」
 一見、「買ってよ」「好きになってよ」「来てよ」と言っている広告も、突き詰めると「わたしはあなたと違います。」ということを言っているだけである。ライバルたちとの違い(差異)で買ってもらい、好きになってもらい、来てもらうわけだから、「差異」が欠落していると、ライバルたちとの差は見えない。毎回、差を明快にすれば、自ずとイメージはでき、そのカテゴリーにおける“ブランド”になっていく。商品化にしろ、仕掛けにしろ、プロジェクトにしろ、ライバルたちとの差を明快にすること(差異化すること)は極めて重要だ。
イメージというものは、積み重なっていくもの。
 補助金・助成金を使って、商品化したりブランドを立ち上げたりすることは(注意:前述した“ブランド”とは意味が違う)、資金調達における障壁をなくすことから、誰にもチャンスが広がる。しかし、問題はある。ブランドを立ち上げたからといって、すぐに“ブランド”になれるわけではない。ブランドイメージを醸成し、ブランド力を獲得していくためには、繰り返しイメージを積み重ねていかねばならない。ひたすら長い道のりが必要だ。まさに『ローマは一日にして成らず』だ。しかし、補助金や助成金は永遠ではないため、金の切れ目が縁の切れ目になっているケースも多いのではないだろうか。
 縁とは世間との縁、世間との接点だ。繰り返すが、イメージとは生活者とのさまざまな接点で刻まれたイメージの総体だ。一度の出会いだけでは、ブランドイメージはできあがらない。なんども、なんども、いろんな場所で出会っている間に積み重り刷り込まれた信頼感や好感度が、イメージの総体としてブランドイメージになっていく。世間との出会いが極端に減少したり突然消滅すると、せっかく積み重なっていく段階にあったイメージは記憶の外に置かれてしまう。そして、存在感とイメージはだんだんと希薄になっていく。さらには、衰退イメージという負の要素も加わることで、できつつあったブランドイメージは崩壊をはじめ、マイナスイメージにさえなってしまう。
 社会的インパクトも同様に考えたい。一過性や単年度評価ではなく、継続性に意義を求めるべきだ。継続性とは社会に定着することだ。それでこそ、価値がある。「社会的インパクト」にとって必要な継続性を、下記の《ブランディングの流れ》で考えるとわかりやすい。
                                         
 《ブランディングの流れ》ブランドを立ち上げる(名前やマークを持つこと)→ブラン 
 ドイメージを構築していく→ブランド力が付いてくる→ライバルたちに対して明快な差
 異化力を持つようになる→“ブランド”になる→ブランド力をより強固にしていく→ブラ
 ンド力を活用する(この段階をブランド拡張期と呼ぶ)→ブランドイメージが崩れないよ
 うブレない活動を日々展開していく。この一連の途切れることのない活動を「ブランデ 
 ィング」という。

ブランディングとは「Branding」。
 「Branding」という表記が示すように、ブランディングは永遠の現在進行形といわれる。「ブランディング」という言葉は誤解されがちだ。誤用も多い。「セルフブランディング」、「webブランディング」など、さまざまに広がりを見せているが、果たしてそれは「ブランディング」を正しく理解した言葉なのか?大いなる疑問が残る。正しくは、前述した《ブランディングの流れ》をすべての活動を通して日々続けていくことだ。せっかく生み出した「社会的インパクト」を維持するためには、こうあるべきだ。補助金や助成金に頼らず早期に自立することで、「永遠のing化」を目ざしていかねばならないだろう。継続性に必要な資金獲得の基盤となる経済的自立のために「広告の考え方(あまねく伝えるという広告の本質)」をどう生かすか?そのヒントをいくつかあげておこう。

いまという時代は、広告弱者・広告貧者でも戦える時代だ。
 「メディア戦略の原則はリーチ(届く距離)×フリークエンシー(接触頻度)である」というセオリーが業界では長らく信望されてきた。TVCMが広告の王様だった時代は、たしかにそうだった。この公式では、お金をかければかけるほど広告効果が出るということになり、広告予算が潤沢な企業ほど有利で、広告弱者・広告貧者にTVCMは手の届かない存在だった。ところが、録画機器の進化やモバイル機器の隆盛などで人々の生活スタイルは激変した。さらにインターネットの普及でTVCMの広告効果が薄れるにつれて、「広告が効かない」、「広告が届かない」と、さも広告全体のことのようにいわれるようになった。
 
メディアニュートラルな時代。
 人々と情報が触れる機会が多様になればなるほど、「TVCM王様論」は衰退していった。代わって登場したのが、「メディアニュートラル」という概念だ。これは簡単にいうと、メディアに優劣をつけないで、コミュニケーションコンセプトに合わせて「すべてのメディアを並列において評価しよう」ということである。そして、この概念と表裏一体なのが「コンタクトポイントの設計」という考え方だ。詳しく述べる前に「コンタクトポイント」を説明しておこう。

 《コンタクトポイント》コンタクトポイントとは、ブランドイメージに何らかの影響を 
 与える生活者接点のことである。業種によって変わるが、これには商品、広告、PR紙、
 パンフレット、看板、パッケージ、店舗、店頭ツール、社屋、社長、営業マン、営業車、
 アプリケーションツール、イベント、ノベルティ、HPSNS他さまざまなものがある。

  ※「コンタクトポイント」は電通の登録商標であり、博報堂の登録商標である「タッチ
  ポイント 」も同じ意味である。ちなみに、ADKは「体験ポイント」、東急エージェン
  シーは「リレーションポイント」を使用している。

コンタクトポイントのメディア化とコンタクトポイントの設計。
 商品にしろ、仕掛けにしろ、プロジェクトにしろ、複数のコンタクトポイントを持たないものはない。もちろん、新たなコンタクトポイントも創造できるだろう。そのとき問われるのは、「コンタクトポイントをメディア化する」という発想の有無だ。SNSに代表されるように、本来は広告の側にはいないものに広告的な働きをさせると、予想外の効果を生む。身のまわりのコンタクトポイントを見直し、メディア化してみよう。さまざまなコンタクトポイントを有機的にリンクするよう設計できれば、既存媒体を使わなくてもキャンペーン効果を発揮する。広告弱者、広告貧者でも戦える時代といわれる所以だ。そこで大切になるのは、コンタクトポイントをリンクするときに核となる「クリエイティブ・アイデア」だ。

ひとは情報と付加価値を求めている。
 「モノさえ良ければ売れる」という発想を、もうやめよう。情報速度が速い時代には、後発であることのタイムラグはない。すぐに追いつくことが可能だ。コモディティ化も速い。そんな時代だから、情報の鮮度(メッセージやコンテンツのクリエイティビティ)やデザインの付加価値が、行動の引き金として重要な役割を担う。「意表を突くアイデア」、「届く言葉」、「記憶に残る表現」を持っていないと、「社会的インパクト」は残せないだろう。

市場創造に不可欠なものは、「行動/情報発信/旗印」の高度な融合。
 市場創造とは、新しいファンの創造だ。新しいファンの獲得には、プロジェクトやプロモーションなどの行動、興味を引きつける情報発信、顔となる旗印をうまく融合させていくことが大切だ。その際、見え方や人格がコロコロ変わらないことが「ブランディング」である。そうやって市場におけるイメージとポジショニングを確立していくことで“ブランド”になり、他者の侵入を許さない市場が創造されていく。「補助金による立ち上げ→市場の創造→自立」のためにも、「行動」「情報発信」「旗印」のすべてにおいてクリエイティブな発想を融合させていくこと必要だ。この場合のクリエイティブとは「オリジナルな小さな工夫とそれを続ける姿勢」であると捉えたい。  
                
最後に、ひと言。
 ホンモノのプロと出会える機会をどうつくるか。これは大切な問いだ。巷では良いブレーンと出会えないせいで、満足できる結果や答えに到達できていない例が多いのではないか?行政で主流のプロポーザル、企業が好きなコンペティション、支援組織のマッチングイベント、専門家が支援してくれる仕組みなどがあるが、ほんとうに必要なホンモノのプロと出会えているのだろうか。カネが交付され、モノができても、市場創造はヒトのチカラ次第で大きな差が出る。はたして、その解決法はあるのだろうか?偶然の出会い以外に頼るすべはないのだろうか?日ごろの人脈づくりを怠ってはいけないということなのだろうか?
 
 述べてきたことの参考となる具体事例は当日会場でお見せします。

田中有史(たなかゆうじ)                          コピライター・クリエイティブディレクタ神戸親和女子大学客員教授/「広告論」非常勤講師「コピライター養座」講師 大阪コピライタズクラブ顧問